大判例

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大阪高等裁判所 昭和37年(ネ)1号 判決 1963年10月03日

控訴人 土居正已 外一名

被控訴人 山本れい 外五名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴人らの当審での新請求を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立て。

一、控訴人ら代理人らの申立て。

(一)  原判決を取消す。

控訴人土居正己に対し、被控訴人山本れいは金二一九、三三三円その余の被控訴人らは夫々金八七、七三三円とこれらに対し昭和三三年一一月七日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

控訴人藤井一禎に対し被控訴人山本れいは金五〇、〇〇〇円その余の被控訴人らは夫々金二〇、〇〇〇円とこれらに対し同日から支払いずみまで同割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

との判決と仮執行の宣言を求める。

二、被控訴人ら代理人らの申立て。

主文同旨の判決を求める。

第二、当事者双方の事実上の陳述。

一、次に記載するほかは、原判決の事実摘示と同一であるからここに引用する。

二、控訴人ら代理人らの主張

(一)  訴外原行男は、その実父が訴外亡山本政治と同じ神戸中央卸売市場内で塩干物仲買業を営む関係から同人方商店の住込み店員として雇われ、以来同店の塩干物の運搬、商品の冷蔵庫からの出し入れなどの仕事に従事していた。

本件事故発生当日も、右原行男は、山本商店の用命で、株式会社神戸冷蔵に保管してあつた山本商店の塩干物を同冷蔵から出庫し同商店に運搬すべく同冷蔵に赴き、塩干物の出庫待ちをしていた間に、本件事故を惹起させたものである。ところで原行男の本件自動三輪車運転の動機意図そのものは事の性質上外部的には知りえないが、客観的には、本件事故は使用者の支配領域内において発生し、原行男が使用者である山本商店の事業の執行の過程中に、本件事故を惹起させたわけで、したがつて両者には因果関係がある。

原行男が山本商店の事業の執行と関係なく神戸冷蔵に赴いたことから本件事故が発生したのであるのなら格別、本件はそのような事案ではなく、原行男が命を受けて山本商店の業務執行のため同冷蔵に行つた際の事故である以上、本件のような事実行為の場合は、その事故が使用者の支配領域内で発生したかどうかによつて使用者責任の有無を決すべきである。

(二)  更に以上の点に関し次の事実も重視されなければならない。即ち、原行男は山本商店に住込み中、同商店の商品運搬などのため自動三輪車の運転を覚えるため神戸中央市場の屋上で自動三輪車の運転練習をしばしばしていた。その練習場となつた場所の下に山本商店があり、場所的に考え山本政治は充分このことを知つており、原行男が右練習するのを黙認していたわけである。

したがつて、山本政治が原行男の自動車運転練習に対し監督上の注意を払つていたとするなら、本件事故は発生しなかつたといえる。したがつて、右不注意と本件事故との間には相当因果関係がある。

(三)  原行男がまだ運転免許をとらない未熟な間に自動車を運転する虞れがあるから、山本政治はこれを予見しうべき事情にあつた以上、右山本政治の監督上の不注意と本件事故との間には相当因果関係がある。

(四)  控訴人土居正己は、当審で、被控訴人山本れいをのぞくそのほかの被控訴人に対し、その損害額を夫々金一四、六二二円、控訴人藤井一禎は、同様夫々金四、八四九円増額して請求する(新請求)。そのわけは、山本政治の相続人として山本祐正が生存しているとの誤解から控訴人らは、同人に対しても請求していたがそれが誤りであることが当審で判明したため、被控訴人山本れいをのぞくそのほかの被控訴人らの損害額の負担分を訂正して請求しなおしたためである。

第三、証拠関係(省略)

理由

一、当事者間に争いのない事実

原判決の理由第一項(原判決七枚目裏四行目冒頭から同八枚目表一行目まで)をここに引用する。

二、訴外原行男の右運転行為は、使用者である訴外亡山本政治の事業執行についてなされたものかどうかについて。

(一)  右争いのない事実や成立に争いのない甲第一号証同第四号証の一、二原審証人中村義信、同大橋隆正原審と当審での証人原行男(原審は一部)の各証言、当審での検証の結果と原審での被控訴人山本昇、原審と当審での控訴人土居正己の各尋問の結果を綜合すると次のことが認められる。

(1)  原行男は、昭和三三年五月頃から被控訴人らの先代山本政治が塩干物仲買店として経営していた山本商店に住込みで雇われ、同商店の注文品の配達とか株式会社神戸冷蔵の冷蔵庫から商品を出し入れするとか荷造りをするなどの仕事に従事していた。

(2)  山本商店には、その頃自動車はなく、原行男は自転車で用足しをしていた。同人が自動車運転免許証を持つておらないのは勿論のことである。

(3)  山本商店では当時被控訴人山本昇が采配を振つていた。

(4)  被控訴人山本昇は同年一一月六日、原行男に、右冷蔵庫に行つて、格納してあるいりこの見本を持ち帰えるよう命じた。原行男は、山本商店から自転車に乗つて右株式会社神戸冷蔵に行つた。

普通右格納商品を取り出すには、出庫伝票を同会社係員に差し出してから、一〇分ないし三〇分の待ち時間が必要であつた。

原行男も出庫伝票を同会社係員に提出し、その出庫を待つべく、入口の辺に出てきたところ、たまたまそこに、訴外株式会社神戸洋行所有の新車(一九五六年型一トン積マツダ自動三輪車)が、東向きに駐車してあるのを見付けた。原行男は、同車の運転手である訴外大橋隆正とは顔見知りであつたので、一言二言交わすうちに新車に興味を引かれて同車の運転台に乗り込んだ。ところが大橋隆正は、運転台のセル・モーターにエンジンキーを差し込んだままにしておいたので、原行男は好奇心に駆り立てられてそのキーを廻わしてしまつた。その瞬間同車は急に発進した。

(5)  同車の前方約五〇センチメートルないし一メートルのところに、対面して、控訴人土居正己はその運転してきた自動三輪車を駐車させ、そのフロントガラスを清掃していた。

(6)  原行男が発進させた右車は、たまたまその進路前方で清掃中の右控訴人土居正己の腰の辺りに衝突してその場に停車した。

(7)  原行男は、本件事故までに、神戸中央卸売市場の屋上で、山本政治や被控訴人山本昇にかくれて、原動機付自転車に乗つたことがある。

(8)  原行男は、本件事故当時満一八年一一ヶ月の未成年者であつた。

右認定に反する原審証人原行男の証言の一部は信用しないし、ほかに右認定の妨げとなる証拠はない。

(二)  民法七一五条に規定する「事業の執行につき」とは、被用者の当該行為を外形によつて客観的に観察して判断し、それが使用者の事業の一部とみられる行為、或は被用者の担当事務の範囲と見られる行為であればよく、それが私利のためなされても、又具体的に委任や命令を受けたものでなくても「事業執行行為」に該ると解するのが相当である(最高裁判所昭和三〇年(オ)第五四七号同年一二月二二日第一小法廷判決民集九巻一四号二〇四七頁参照)。

(三)  この観点に立つて本件を判断する。

原行男の右自動三輪車運転行為は、山本商店の事業の一部とみられない。そのわけは、山本商店は、塩干物仲買商であつて本件事故当時自家用自動車を一台もその営業のため所有していなかつたことが右認定事実から明らかである。したがつて、山本商店は、自動車の運行自体を業としていないし、自分の営業に附随して自動車を運転することも予定していないといえるからである。

原行男の右自動車運転行為は、同人の担当事務の範囲でもない。即ち原行男は株式会社神戸冷蔵の冷蔵庫から塩干物の出し入れをすることを担当していたことは右認定事実からいえるが、同人が自動車を運転すること自体を担当していた証拠は見当らない。

そうしてみると、原行男の本件自動三輪車の運転は、使用者である山本商店の「事業執行行為」に該るとは到底いえない筋合である。

むしろ右認定事実からすると、原行男は、自分の仕事とは外形的にも全く無関係に、好奇心から他人の自動三輪車を運転して本件事故を惹起せしめたもので、使用者である山本政治にとつて、右事故は、自分の支配の範囲外で生じた予想もできないものであつたとしなければならない。

控訴人らは、山本商店の商品運搬などのため自動三輪車の運転を覚えるため神戸中央市場屋上で自動三輪車の運転練習をしばしばしており、山本政治がそのことを充分知つていたと主張しているが、右認定事実によるとたかだか原行男は、同所で山本政治にかくれて原動機付自転車に乗つたことがあるだけで、控訴人らが主張する事実は証拠上認められないし、仮にその事実が認められたとしても、そのことによつて原行男の本件自動三輪車の運転が山本政治の事業執行行為になるわけのものではない。

(四)  以上の次第で、控訴人土居正己が被控訴人らに対し、民法七一五条によつて損害賠償を請求することは、原行男の右運転行為が山本商店の事業執行行為に該らない以上、そのほかの判断をするまでもなく失当である。

三、原行男が民法七一四条にいうところの無能力者であるとの主張について。

原行男が本件事故当時満一八年一一ヶ月であつたことは、右認定のとおりであり、本件事故に関する証言内容から判断すると原行男は本件事故当時、自分の行為の責任を弁解するに足るべき知能を十分具えていたことが明らかであつて、そうではなかつたと認めることのできる証拠は何処にもない。

そうすると、控訴人土居正己が被控訴人らに対し民法七一四条によつて損害賠償を請求することは、そのほかの判断をするまでもなく失当である。

四、控訴人土居正己が民法七〇九条によつて被控訴人らに対してする損害賠償請求について。

本件事故を惹起したのは、原行男であつて、山本政治自身でないことは控訴人土居正己の主張自体から明らかである。

ところで、直接事故を惹起しない第三者は被害者に対し不法行為上の損害賠償責任を負担しないのが民法上の原則であり、民法は、七一四条七一五条に規定した一定の要件のある場合にはじめて特定の第三者に損害賠償責任を負担させることにしている。

本件において、前に認定判断したとおり、山本政治は七一四条七一五条による損害賠償責任がないばかりか、直接事故を惹起したものではないから同法七〇九条による責任もない。

そうすると、控訴人土居正己のこの主張も主張自体失当として棄却を免れない。

五、控訴人藤井一禎被控訴人らに対する請求について。

同控訴人の不当利得の主張は、山本政治が控訴人土居正己に対し本件事故について損害賠償義務のあることをその前提にしている。

しかし右に説示したとおり山本政治に主張のような損害賠償義務がないのであるから、控訴人藤井一禎の不当利得の主張は、主張自体失当として棄却を免れない。

六、そうすると、控訴人らの被控訴人らに対する請求はいずれも失当であり、これを棄却した原判決は正当であり、当審での新請求も失当として棄却を免れない。そこで民訴三八四条八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 平峯隆 大江健次郎 古崎慶長)

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